引っ越して思った事!それは段ボール一個分の荷物で人は生きられる!(Maki Midori的考察)

祖母の代からの荷物

8年前、母が亡くなったのを機に、兄一家の住んでいたマンションと、私と母の住んでいた一戸建てを交換する事になった。
兄一家は海外生活が長く引っ越しにも慣れていたが、何と言ってもこちらはその一戸建てに生まれ、キャリアウーマンの生活もその場所でウン十年過ごしていた。

当然持ち物は祖母の代からの物が、捨てられずに沢山あった。
沢山なんてもんじゃなかった。引っ越しの計画をしていた時は、もうその事を考えただけでめまいがしていた。
いったい一人でどうやって???と考えると頭はパニックになり、そのうち現実逃避なのかいつも別の事を考え始めていた。
会社に朝から夜の8時9時までいて、そこから帰宅に一時間半、家に帰ると遅い晩御飯を食べて寝るのが精いっぱいだった。
会社でテンションを上げ、家で落ち込む。
そんな不安定な状態が続いたある日、ゴミ仕分けのパニックで病気寸前の精神状態の頭の中で、突然

「迷う事なかれ!!!全部捨てよ!!!」
と言う、神のお告げがあった。

そして、それからの一か月間は捨てに捨てた。
たとえば食器類、この食器はお世話になったあの方からいただいたもの・・。
などと考えていたら、らちが明かない。
だから、考えない事にした。
色柄と形だけ自分の好みの物を残す、そしてそれ以外はゴミ認定する。
これをやり始めると速度は倍以上になった。
まるで機械か何かの様になった気分で、バンバン捨てて行く。包んでは捨て包んでは捨てだ!
しかし、これもキツイ話で、本当の機械ではないので、時折頭の片隅をこの食器を使っている祖母の顔が浮かんで消える。
終了した時はもうぐったりで、買い物に行く気も失せていた。
思い出の物を捨てるという事は、身を削るという事に気付いた。
やっと、マンションに入るくらいの荷物まで縮小したが、結局2トン車で2杯4トン捨てた。

究極の荷物・・・段ボール一個

リフォームが済むまで、兄の家に身を寄せる事にした。
荷物はもう必要最低限と考えていたので、大型段ボール一個のみとした。
その中に3か月分の衣類と洗面道具など入れた。
衣類も前はタンスに入りきれないくらいあったが、お気に入りの物で5コーディネートくらい作っておけば、一週間は楽に暮らせた。
下着などもこまめに洗濯すれば、そんなに必要ないしと考えているうちに、じゃあ私に本当に必要な物って、どのくらいの量なのだろう?と考えたら、究極はその段ボール一個なんじゃないかという事に気が付いた。
もちろん、洗濯機、冷蔵庫、洗面台、台所、お風呂と必要じゃないわけは無く、そうなれば普通のマンションの形態になって行くのだろうけど、一人一人がたとえば災害にあって家を失ったとして、でも身体だけは何とかなっていたとして、必要最低限の荷物と言ったら、その段ボール一個分くらいなんだろうなと思う、

その他の物のほとんどは趣味の物か、捨てられなくてただ積み上げられている思い出の残骸だ。
荷物を取り上げられて人間一人になった時に、何か違う風景が見えて来るという事にも気が付いた。
今まで居た場所は、自分を沢山の荷物がバリケードの様に包んでいて、私はその要塞の中で安心しきって眠っていた。
でも、その荷物をはがされた時に、私はやっと社会と対峙したように思えた。
要塞の中、根拠のない安心感の中で、天下でも取ったような気になっていた自信過剰の自分が見えてきた。段ボール一個になった時の気分は、空気が少し冷たく感じたが、同時に新鮮で長い冬眠から覚めたような不思議な感覚だった。
あの捨てられなかった4トンの荷物という物は何だったのだろう?

それは、「家」というものが持つ業の様なものかもしれない。
家族は共存共栄しながら、愛情が土台になってはいるが、その中には利己や憎悪や嫉妬も同時に渦巻いていたりする。
血が近かったり、関係が深かったりする分、それぞれの「家」には、何かが住み着いている様な気がする。
捨てられない物達は、その住み着いた何かが見張っていた。
だからと言って、思う存分捨てて着の身着のまま糸の切れた凧の様に放浪するわけにもいかない。
人は、家というものにある程度束縛されながら、そこを拠点に生きて行く。
解放されたいと思いながら、束縛される状況も同時に臨んでいる。
動物の様にシンプルじゃないので厄介だ。

でも、引っ越しはできるだけ若い時に経験しといた方が良いと思う
そして、一人一人に必要な物なんてせいぜい段ボール一個分くらいの物だと知る事だ。
そこから先は、きっと違う人生が見えて来ると思うから。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です